現在40代のバツ1ママです。
愛人を始めるきっかけ
当時27歳だった頃の話です。
その時は夫の借金が原因で離婚し、2人の子供を1人で育てていました。
借金の理由はギャンブルと風俗。
本当にしょうもない、ありふれた話ですが、当事者としては結構な修羅場でしたし、ショックで数キロ痩せて本当に大変な思いをしました。
今でこそしょうもない男だと笑って言えますけど、一時期は本当に生きた心地がしませんでした。
妻に内緒で借金を作るような男なので当然財産分与するほどの資産もなければ養育費ももらえず、精神的にも経済的にも余裕がない生活が続き、いつからかパパという存在を求めていました。
パパとの出会いは母の紹介!?
ちょうどその頃に母と出かける事があり、たまたま母が昔スナックで働いてた時に知り合ったというおじさまとばったり会いました。
常連さんだったようで話は弾み、そのまま近くの喫茶店で話をしましょうと。
母だけどうぞ、と言うつもりでしたが私の車で来たので先に帰ることもできず、なんとなく流れで私も同席。
喫茶店の中で改めて自己紹介。
おじさまは水道関係(自営)の50代後半の社長さん。
上森さんと名乗りました。
その名前に何故か聞き覚えがあった私。
家に来たことがあったかな…記憶の糸を辿りますが、なかなか思い出せず。でも聞き覚えがあるのは間違いありません。
上森さんの第一印象は優しそうで、話の仕方も物腰のやわらかい話し方でいい印象は受けましたが、社長さんだと聞かされるまではわからなかったくらい普通のおじさまでした笑
どうやらスナックの常連さんで、特に母とは懇意にしていたそうです。
これは後から母に聞いた話ですが、私の住んでいた地域は地方の小さな都市で、その地域の中で母のお店は高級店として名の知られたお店でした。
一見さんはお断りでお医者さまや社長さん、そういった方々が集まるお店。
バブル時代が終わり、名前だけの高級店が次々に消えていく中でも生き残ったお店というだけあって、そこに通うお客さんは裕福な方が多いそうです。
そして地方というだけあってコミュニティもせまく、時にスナックを経由してお客様同士が知り合うことで新たな事業のきっかけになったこともあったそうです。
上森さんも母の店をきっかけに営業先が一気に広がり、大きく成功するきっかけになったそうで、今でも毎年母にお歳暮を贈って頂いているということでした。
あ、お歳暮の人か!
ようやくモヤモヤが解消しました。
パパから母へアプローチ
母はその社長さんに私の事を娘だと紹介してくれ、その場は世間話や昔話で終わったのですが、それ以降に何度も母の携帯に上森さんから連絡があり、娘さんの事気に入ったから紹介してほしい、娘さんと会わせてほしいと言ってたみたいです。
母はいくらなんでも、とお断りしていたみたいですが、真剣なようだったのでついに私に「1度会ってみる?」と。
この時はパパになってもらおうなんて気はこれっぽっちもありませんでしたが、母がお世話になっている人の頼みを断るのもどうかと思い、一度だけならと返事をかえしてもらいました。
母はずいぶん不安そうで、断ってもいいのよ?、私に気を遣わないでいいからね、と言ってましたが、私は転職の相談でもできないかななんて呑気に構えていました。
当時の職場は子持ちへの当たりが強く、子供が病気の時に休んだりするといつもネチネチ言われていたので。
パパとの初デートでちょっとした事件が…
そして週末、初めてのデート。
母に子供を預けにいったのですが、それまでずっと不安そうにしていたので、母を安心させるためにも敢えて普段着で行く事に。
別にやましい事なんてないですよ、デートなんかじゃないですよ、すぐ帰ってきますよという暗黙のメッセージ。
母も少し安心した様子で、「あんたそんなみすぼらしい恰好で…恥かくわよ」と軽口を叩くぐらいにはなってたので安心して出発。
しかしこの母への気遣いが完全に裏目に!
上森さんが連れていってくれたのは私が行かない(行けない)ような高級レストラン。
もちろん上森さんもスーツ。
普段スーパーに行くような恰好なので、誘っておきながら上森さんも苦笑い笑
たまたま空いていた個室に無理を言って入れて貰えたのでよかったですが、周囲の人たちの視線が痛かった…
後からググったらプロポーズに使うような店だそうです笑
間違いなく人生で最高の食事を堪能した後は、とくにどこに行くでも何をするでもなく家の近くまで送ってくださり、降りる際に「少ないけど…」と3万円(封筒入り)をいただきました。
手頃な封筒がなかったようで、会社用の封筒なのが面白かったです。
帰ってから母に色々と聞かれて、ずいぶん心配しているようでした。
余計心配させるので、お金のことは内緒にしようと決め、上森さんにもそう伝えました。
パパから愛人契約の提案が
上森さんからはその後も頻繁に連絡がありましたが、母が心配するので夜子供たちを預けていくわけにもいかず、有給を使ったりして昼間のデートをすることに。
せいぜい月に1~2回程度ですかね。
上森さんはもっと会いたがっていましたが。
3カ月ほど食事デート(お小遣いは相変わらず3万円)が続き、少し慣れてきた頃、肉体関係を持たないかと提案。
「遂に来たか…」という気分でしたね。
なんとなくの予感はありました。
最近はスーツで来たりシュっとした恰好をしてますが、どうしても初対面の時のオッサンの印象が抜けなくて…
よれよれのポロシャツ、膨らんだお腹、透けた乳首など笑
(そのスーツ、ベルトでキッツキツに締めてるだけで本当はダルダルなんでしょ~)
でもそんな悩みを吹き飛ばすほどのお金を提示されてしまい…
上森さんは一回のHで10万円出すと明言。
(10万円!? 10万円って…100千円!?)
なぜか一瞬、仕事脳に切り替わったのが今でも謎。
今思うと札束でほっぺたを引っぱたかれるっていう感じだったんだろうなーと。
0.1秒ぐらいでOKを出しました笑
愛人契約がスタート
肉体関係といっても上森さんも年齢が年齢の為、若い方とは違ってあっさりしてました。
これで10万ならもっと誘ってくださいって感じで。
その後も相変わらず食事に連れていってくれたりということもありました。
あとは夜、家の近くまで来たからと呼ばれたので車まで行くと、子どもにとお菓子やアイスを買ってきた大量の袋を頂いたうえに3万、4万といただくことも多々ありました。
こういう臨時のお小遣いでは7万いただいたのが今までで最高額です。
生活がキツくなったりお金に困ったらいつでも連絡してきたらいいと言われてたので、車検などで今月少しちょっとキツいかなって思った時に連絡したら、時間が出来てから家の近くまでお金を持ってきてくれたりした事も何度かありました。
1度だけ私の子供を連れて近江牛を食べに連れってくださり、子供にもお小遣いをくれ私にも子供に見えないように5万握らせてくれました。
でもさすがに子供を連れて行くのは罪悪感がひどくて、翌日熱を出したぐらい悩んじゃったのでそれっきりです。
パパとのお別れ
上森さんと知り合ってからは少し余裕のある生活にはなりましたが、私が体調を崩し手術をし長期入院したのをきっかけに一気に距離が遠くなりました。
入院中は母が子供たちを見てくれていて、上森さんと私は1回食事にいっただけの仲だと今でも思っているので。
絶対に母が来ない時間を見計らって一度だけお見舞いに来てくださり、入り用だろうと100万円をおいていこうとしましたが、入院中だと隠す場所もないので丁寧に断りました。
そしたらその日の夕方にメールが来て、私の家の前の不用品入れのゴミ箱の中に入れておいたからねと。
結局そのお金は入院後に凄く役立ちました。
入院中は無収入なのに医療費はかかりますし、家賃なども払い続けないといけませんしね。
それと引っ越し費用。
退院後は母と同居することになったので、引っ越し費用がそこそこかかってしまいました。
母は私の生活ぶりを知っていたので、「アンタそんなにお金あったの?」と不思議がっていて、言い訳が大変でした。
もしかしたら母も本当は気づいていて、知らないフリをしてくれていただけなのかな。
同居が始まり、ますます上森さんと会うのは難しくなりました。
上森さんも潮時だと思ったのか、結局入院してから一度も会うことなく、お別れすることに。
それからしばらくして、私に彼氏が出来ました。
高校の同級生で、同窓会がきっかけ。
母の喜びっぷりを見ていると、やっぱり上森さんのことに勘付いていたのかも…とモヤモヤ。
おそらくもうお会いすることはないでしょうね。
お金だけでなく、精神的にもずいぶん助けられました。
後にも先にもパパという方はその方だけですが、人生の辛い時期を乗り越えられたのは上森さんのお陰です。
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